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   <title>月とロケット</title>
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   <title>スペースシャトルからスペースプレーンへ、そして再び月へ！</title>
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   <published>2007-09-04T06:18:44Z</published>
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   <summary>アポロ以降の宇宙開発に貢献してきたスペースシャトルも、２０１０年ごろには引退予定...</summary>
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      アポロ以降の宇宙開発に貢献してきたスペースシャトルも、２０１０年ごろには引退予定です。新たな宇宙への輸送手段として考えられているのは「スペースプレーン」です。

飛行機のように水平に地上を離陸し、宇宙ステーションまで行って又戻って着陸します。空中の酸素を取り入れるジェットエンジン利用して、翼に空気を受けることで上昇。空気がなくなるとロケットエンジンに切り替えて推進します。一段式と二段式が考えられており、

１段式：飛行場から離陸して飛行場に戻る
２段式：一段目のジェット機の上に２段目の宇宙機を載せて離陸
　　　　高度2万メートルで一段目から切り離されてロケットエンジンを点火、宇宙へ！

また、ＪＡＸＡでは「観光丸」と同じように垂直に離着陸して再利用できるロケットの研究を進めています。２段式のスペースシップワンで、高度１５キロで母船から切り離されロケットエンジンに点火します。


また、アメリカの月面基地建設計画準備として、２０１４年頃、月面への宇宙飛行を再開する予定ですが、日本もこのプロジェクトに参加、２０２５年頃には、日本が開発した人型ロボットを月面基地に住まわせる予定です。

日本のロボット技術は、今、世界で一番進んでいるため、基地の建設でも大いに役立ってくれるに違いありません。食料や水・生活空間の設計など、さまざまな課題が山積みですが、２０４０年頃からは月面基地に人間が常駐できるようになると言われています。

月に基地があると、宇宙の研究がしやすくなります。宇宙空間のエネルギーを利用する方法や、月の資源の開発など、月面基地の建設は大きな期待が寄せられています。

◆参考文献◆
『世界の女性史（Ⅰ）神話の女』　評論社　大林太良編
『空と月と暦』　丸善　米山忠興
『月のミステリー』教育社　ニュートン別冊
『大江戸生活体験事情』　講談社　石川英輔＆田中優子
『日本ＳＦこてん古典①』　早川書房　横田順彌　
『母子像』　新潮社　筒井康隆
『ロケットの昨日・今日・明日』裳華房　的川泰宣
『宇宙ロケットの本』日刊工業新聞社　的川泰宣
『もっと知りたい！ロケットの歴史と未来』理論社　（監修）宇宙航空研究開発機構　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　宇宙教育センター
◆参考ＵＲＬ◆
ＪＡＸＡ 宇宙航空研究開発機構
http://www.jaxa.jp/

宇宙教育センター
http://edu.jaxa.jp/

月探査情報ステーション
http://moon.jaxa.jp/
      
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   <title>えっ、マジ？！宇宙旅行の予約が受付中ですって？</title>
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   <published>2007-09-04T06:17:58Z</published>
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      現在、世界各社の旅行会社が乗客を乗せて宇宙空間を飛ぶ「宇宙旅行」を受付中です（マジです）イギリスのヴァージングループは、ひとり約１９万ドルで二時間の宇宙旅行サービスを予定。

日本でも、ＪＴＢが幾つかのコースを設けています。「月旅行」「軌道飛行」「宇宙体験飛行」「無重力体験　アメリカ＆ロシアにて」宇宙旅行保険も２００７年６月に販売開始されています（←マジです）
ＪＴＢ　http://www.jtb.co.jp/space/

また、日本ロケット協会は１９９３年以来、宇宙観光旅行の可能性のために研究を続けてきました観光宇宙ロケット『観光丸』は、宇宙旅行用の機体で、液体水素と液体酸素を推進力とした１段式のロケットで、何度も繰り返し使用できるものです。既存の空港のそばに建設する宇宙港から打ち上げ、地球を２周まわって帰還する予定。飛行時間は約３時間ですが、オプションとして２４時間コースも予定しているとか。宇宙飛行士の訓練を受けていない普通の人でも参加できるそうです。

気になるお値段は、お一人さま２９５万円を予定。３時間でこのお値段が安いのか高いのかは、各々の価値観次第ではないでしょうか。２０１６年を目途に運用予定とか…。今から頑張って貯金すれば宇宙旅行も夢じゃない！？
      
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   <title>日本中の人がＴＶの前に釘付け状態</title>
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   <published>2007-09-04T06:17:19Z</published>
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   <summary>筒井康隆氏の短編に『巷談アポロ芸者』という作品があります。月面に降り立つアポロ１...</summary>
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      筒井康隆氏の短編に『巷談アポロ芸者』という作品があります。月面に降り立つアポロ１１号の宇宙中継を実況中継する、ＴＶの特番に掛け持ちで出演するＳＦ作家を、筒井氏一流のギャグとドタバタで描いたものです。その前半部分は、確かに当時の空気？がかなり正確に書かれています。

いよいよアポロ１１号が発射されてからは、お祭り騒ぎのようで、ＴＶをつければどの局もアポロ一色。当時の新聞のラジオテレビ欄を見ると、月着陸当日は、日本時間の正午から夜まで、びっしりとアポロの特番で埋まっています。

だって、家庭のお茶の間のテレビで、月に降り立つ人間をリアルタイムで見られるんですよ！夜空の彼方に浮かぶ、あの月の上を人間が歩く姿が宇宙生中継で見られるなんて…。誰もが、歴史的な瞬間をこの目で見たいと思ったものです。今のオリンピックやワールドカップの熱狂どころではない…と言えばお分かりでしょうか。

あの当時、多くの日本人は夜空の月を見上げて「あの上を、人間が歩いたんだなあ…」と不思議な気持ちで語り合ったものです。そして、「やっぱり月にウサギはいなかったね」というのが定番ジョークになったものでした？？
      
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   <title>そして、アポロ計画は使命を終えた</title>
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   <published>2007-09-04T06:16:31Z</published>
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      ３人の宇宙飛行士を乗せたカプセルは、７月２４日午後０時５０分、ハワイの南西約１５００Ｋの海上に着水。無事に収容され、国家目標は、こうして達成されました。

その後もアメリカは月に人を送り続けました。人間が宇宙を目指すことのロマンと情熱を、全世界の人々に極めて劇的な形で見せたアポロ計画は１９７２年１２月７日、アポロ１７号をもって終了しました。最後のアポロ宇宙船は、１９７５年に旧ソ連の有人宇宙船ソユーズと地球を回る軌道上でドッキングし、アメリカと旧ソ連が協力した最初のプロジェクトとなりました。旧ソ連との宇宙競争！から誕生したアポロ宇宙船は、最後に旧ソ連との共同飛行をし、その使命を終えました。

アメリカがアポロ計画に投入した全予算：約２３９万ドル（約１８兆６０００億円）１回の飛行にかかった経費：４億４５００万ドル（約１６００億円）

アポロ計画によって達成された数々の宇宙技術は、その後も、ポスト・アポロ計画として惑星探査計画やスペースシャトルやスペースプレーン計画に受け継がれています。

月を夢みたロケットは、こうしてその思いを果たしました。ロケットが次に夢みるのは、どの星でしょうか？

人類は、ギリシア神話のイカロス以来の夢をかなえましたが、まだまだ太陽系にとどまっているにすぎません。ロケット技術は知識のリレーと言われているそうですが、紀元前から始まった人類の夢とロマンと憧憬の結晶であるともいえます。遠い将来には、太陽系を離れて、さらに遠く遠く別の銀河を目指す事も可能かもしれませんね。

      
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   <title>「こちら、静かの海。イーグルは着陸した。」</title>
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   <published>2007-09-04T06:15:48Z</published>
   <updated>2007-09-04T06:16:25Z</updated>
   
   <summary>１９６９年、７月２０日、午後４時１７分４０秒。アポロ１１号の月着陸船イーグルは月...</summary>
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      １９６９年、７月２０日、午後４時１７分４０秒。アポロ１１号の月着陸船イーグルは月面に無事着陸しました。打ち上げから１０２時間４５分４０秒たっていました。アームストロングは地上に送信します。

「こちら、静かの海。イーグルは着陸した。」

そして、同じく２０日の午後１０時５６分１５秒、アームストロングは初めて地上に降り立ちます。月面に人類の第一歩を印した歴史的瞬間でした。

    &quot; Tha&apos;t  one  small  step  for  a  man,
                                        but  one  giant  leap  for  mankind  &quot;

このときアームストロングが発した言葉です。日本語に翻訳する人によって、微妙に言葉が違うので、原語のまま紹介しました。韻を踏んだ美しい詩的な文章です。

大意は「この一歩は、一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大なる一歩である」ということです。２０分後、もう一人の飛行士オルドリンも月面に立ちました。２人の月面活動はテレビ中継され、地球上の数億人の人々が固唾を呑んで見守っていました。

その後、月面での活動を終えたのが２１日午前１時９分。午後１時５５分にイーグルは月面を離れて、午後５時３０分に上空の司令船コロンビアとドッキング、２人はコロンビアに乗り移り、翌日の２２日午前０時５５分、月の軌道を離れて地球へ帰還する軌道に入りました。
      
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   <title>ケネディ大統領、歴史的な演説をする</title>
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   <published>2007-09-04T06:14:33Z</published>
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      １９６１年のはじめ、新しく大統領となったＪ・Ｆ・ケネディは、政策の一環として宇宙計画に力を入れようとしていました。ＮＡＳＡも、月着陸の計画準備を整えつつある、丁度その時期のことです。

旧ソ連が、４月１２日に宇宙船ボストーク１号にユーリー・ガガリーンを乗せて、初めての有人宇宙飛行を行ったのです。宇宙船の窓から地球を見たガガリーンの言葉は「地球は青かった」というもので、それ以来、地球を象徴するような言葉として定着しました。豊かな水に恵まれた「青い地球」として…。

しかし、アメリカにとっては、人工衛星スプートニク１号の打ち上げに続く大ショックでした。東西冷戦が続くさなか、何としてでもソ連に対する宇宙での技術的優位を回復しなければならない。これには大国としての威信がかかっている。では、そのためには…？ソ連以上の優位を世界にアピールするためには…？　具体的に何をすればいいのか…？答えは、ただ１つしかありません。これでアポロの使命と任務は決定的なものになりました。

１９６１年５月２５日、ケネディ大統領は議会で歴史的な演説をします。「１９６０年代が終わる前に、アメリカは人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させるという目標を達成するだろう。これ以上に胸躍らせ、これ以上に印象的な、これ以上に重要なものはない」


こうしてアポロ計画は実現に向けてスタートしたのです。けれども、ケネディ大統領はこの演説の結果を目にする事はできませんでした。１９６３年、１１月２２日、ケネディ大統領は遊説先のテキサス州ダラスで暗殺されます。

この日は丁度、初めての日米衛星ＴＶ中継の時間帯にあたり、私たち日本人はこの２回目の中継で大統領の死を知らされました。その後も、狙撃の瞬間を捉えた歴史的映像は、何度も何度も流されたので御覧になった方も多いでしょう。
      
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   <title>アポロ、誕生する</title>
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   <published>2007-09-04T06:13:58Z</published>
   <updated>2007-09-04T06:14:26Z</updated>
   
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      １９５８年、アメリカでＮＡＳＡが創設され、人間を宇宙空間へ送るマーキュリー計画が開始されます。ＮＡＳＡ内部では、創設当時から月への飛行がよく話題にのぼったそうです。それは単なる夢物語ではなく、実現可能の領域にまで技術は進んできたからです。

ＮＡＳＡの初代長官キース・グレナンは、１９５８年当時にフォン・ブラウン博士と、月へ人間を送り込むためのロケットについて話し合っています。フォン・ブラウン博士は既にこの頃から、サターンという大型ロケットの開発構想を持っていたそうです。

また、１９６０年の春から夏にかけて、ＮＡＳＡではマーキュリー以降の長期計画が進み始めました。このプロジェクトの責任者の一人であるエイブ・シルバーシュタインは、サターンロケットに乗せる新しい宇宙船の名前を考えていましたが、なかなかコレ！といった名前が思い浮かびません。ところが、ある日たまたま手にした神話の本から、太陽の車に乗って大空をかけるアポロの姿を思い浮かべます。

輝かしい宇宙時代を象徴するような「アポロ」という名前は、新時代の宇宙船にふさわしいものとされ、同じ年の７月２８日、ＮＡＳＡは「マーキュリーの次の宇宙船はアポロと呼ぶ」と正式に発表しました。
      
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   <title>Ｖ２ロケットの技術は米ソ両国に引き継がれた</title>
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   <published>2007-09-04T06:13:20Z</published>
   <updated>2007-09-04T06:13:50Z</updated>
   
   <summary>国家として最も早くロケットに目を向け、研究を始めたのは旧ソ連でしたが、最初に成功...</summary>
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      国家として最も早くロケットに目を向け、研究を始めたのは旧ソ連でしたが、最初に成功させたのはドイツでした。ウェルナー・フォン・ブラウン博士をリーダーとするドイツの技術者たちは、軍の豊富な資金を得て、１９４２年、史上初の誘導ミサイルＶ２を完成、第二次世界大戦では１５００発がイギリスに向けて発射され、多くの犠牲者を出し施設を破壊して英国民を苦しめました。

戦争目的の武器として開発されたものではありましたが、このＶ２の技術水準の高さと完成度は、まさしく近代ロケット直系の元祖といえるでしょう。

ナチス・ドイツの降伏後、アメリカに渡ったフォン・ブラウン博士と開発チームの面々はそのままアメリカでロケットの研究を続けます。また、ソ連もＶ２の秘密基地であったベーネビュンデを接取、Ｖ２の図面を手に入れました。

連行した下級技術者たちから技術上の秘密を入手し、以降のロケット開発に大いに役立てました。まさしく米ソ両国は「お宝」の山を手に入れたのです。

数多くの犠牲者を出し、ヒトラー率いる第三帝国の野望は挫かれましたが、ロケット最高技術の粋は、こうしてアメリカと旧ソ連に受け継がれてゆきました。

その後、この２つの国は、国家の威信とプライドを賭けて宇宙開発を競い合い、人類と宇宙をより一層結びつけ、その進歩に拍車をかけることになりました。

      
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   <title>フォン・ブラウン博士、アメリカへ渡り夢を実現させる</title>
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   <published>2007-09-04T06:12:39Z</published>
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      １９４５年４月３０日、ラジオがヒトラーの自殺を報じた同じ日に、ウェルナー・フォン・ブラウンはロケットチームのメンバーと共にアメリカ軍に投降しました。

その後、アメリカに渡り、１９５５年に帰化してアメリカ人として一生を終えます。はじめは陸軍に所属、「ナチスの協力者」「戦争犯罪人」「宇宙旅行の亡者」と呼ばれながらも、ロケットの研究を続けました。スプトニークで旧ソ連に先を越されたアメリカが、エクスプローラの打ち上げで面目を保ったのは、フォン・ブラウン博士とそのチームの努力の結果でした。

それからは、ＮＡＳＡの主要な地位を占め、アポロ計画が本格的に進められる中、サターンロケットの開発をし、ついには人類を月に送り込むことに成功しました。ヒューストンの管制センターで、送られてくるアポロ１１号の着陸の映像を見、月面を歩くアームストロング飛行士の姿を見て、こう叫んで泣き続けたと言われています。

「私の人生が花開いた。見ろ、元気に月面を飛び跳ねているじゃないか」

１９７２年、ＮＡＳＡを退職。
そして、１９７７年、ウェルナー・フォン・ブラウン永眠。おそらくは、最後まで永遠の宇宙少年・ロケット少年であり続けたに違いありません。
      
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   <title>殺人兵器・Ｖ２ロケットミサイル、ついに完成する</title>
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   <published>2007-09-04T06:12:04Z</published>
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      １９４２年、ついにロケットミサイルＶ２が完成しました。Ｖ２は、２２００ポンドの弾頭を積み１８０～２１０マイルの射程距離を持つ、当時世界最大のロケットでした。画期的なのは、その誘導システムで、事前に決められたコースを記憶させ、ジャイロスコープとドップラー・レーダーが示す変化を元に、実際の飛行経路を電子回路でチェック。記憶している予定コースと比較し適切な指令を出し、尾翼と噴射版を動かし調整しました。

数千度に達する燃焼室は循環する液体酸素で冷やすシステム、推進剤を燃料室に送り込むターボタンクなどを備えた、現代のロケットの直接の先祖と言えるほど完成されたものでした。

ちなみに、Ｖ２という名前は、ヒトラーが名づけたもので、Ｖは報復兵器（Vergeltung-swaffen）の頭文字から取ったものです。Ｖという頭文字は、勝利（Victory)のＶと連想する方が多いそうですが、「勝利」ではなく「報復」です。連合国に対するヒトラーの気持ちそのものかもしれません。

Ｖ２は１９４４年９月に実戦に投入、しかし、もう国力は限界だったので、この攻撃は１９４５年３月に終わりました。ドイツの降伏はもう目前に迫っていました。
      
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   <title>ロケット少年、「悪魔の選択」をする</title>
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   <summary>苦手な数学を克服したロケット少年、ウェルナー・フォン・ブラウンは、法律学校を卒業...</summary>
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      苦手な数学を克服したロケット少年、ウェルナー・フォン・ブラウンは、法律学校を卒業後、父の意に反して、ベルリン工科大学に進学しました。ちょうど時代はロケット・ブームの真っ只中、ウェルナーは在学中からドイツ宇宙旅行協会の熱心なメンバーとして、憧れのオーベルトの助手を務めます。１９３２年ベルリン大学に入学、３４年にロケットエンジンの研究で学位を取得しました。フォン・ブラウン博士の誕生です。そんな優秀な彼に目をつけたのが、ナチスの軍部です。

この３０年代は、各国で近代的なロケット技術が生まれつつある時代でした。資金を惜しみなく投資すれば、非常な速度で戦争に利用できるロケットが開発できる時期に来ていたのです。しかし、そのために必要なものは資金だけではありません。先人の築いた研究を礎として、さらに実用化させ完成させるためには、より優秀な頭脳が必要だったからです。

大学を卒業したウェルナーは、陸軍兵器局へ入りました。軍事目的を承知の上で大型ロケット開発の夢を選んだわけです。すぐに頭角を現したウェルナーは、バルト海沿岸に建設された秘密基地ベーネミュンデに技術責任者として配属されます。２５歳の若さでした。

１９３９年、全長６・５メートル、到着高度１２キロのロケットＡ-３型の打ち上げに成功。軍部はより多くの資金と技術者をベーネミュンデに集結させます。どんな長距離砲よりも速い射程を持ち、強力な爆薬を搭載できるミサイルＡ-４型（Ｖ２）の完成まであとわずかでした。

戦後来日したウェルナーに、的川泰宣氏（宇宙科学研究所教授）が、ナチスに協力して良心が痛まなかったか？と訊ねると、ウェルナーはこう答えたといいます。

　　「私は、月まで飛ぶようなロケットを作りたかった。
　　あの時代のドイツで、そのような大型ロケットを開発できるのは、軍だけだった。
　　私は、宇宙へ人間を飛ばす目的のためには、悪魔と手を握ってでも働き続けたと思う」

      
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   <title>宇宙少年、苦手な数学をマスターする</title>
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   <published>2007-09-04T06:09:51Z</published>
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      第二次大戦中にドイツで開発された史上初のＶ２ロケットミサイル、アメリカ最初の人工衛星エクスプローラ、そして人類初の月面着陸を果たしたアポロ計画…。列挙しただけで、その技術の高さと凄さが分かろうというものですが、これが全て一人の天才の夢を実現させた結果であるという事に改めて驚かざるを得ません。

その人の名はウェルナー・フォン・ブラウン（１９１２～１９７７）
２０世紀のロケット開発に多大なる貢献をして、歴史に名を残した偉大なる科学者。「月へ飛びたい！」という子ども時代からの夢とロマンを持ち続け、そして成功させた男…。

ウェルナー・フォン・ブラウンは、１９１２年３月２３日、ドイツのポーゼン地方ヴィルゼッツのフォン・ブラウン男爵家に産まれました。

ウェルナー少年は、語学は得意だったようですが、学校の成績は余り良くなくて、特に不得意なのが数学でした。ただ、母親が折にふれてお話してくれる星の話を聞いて、天文学には興味を持ったようです。進学した中学は、父の選んだ法律学校でしたが、彼が最も魅力を感じたのは物理学でした。この時期に読んで魅かれたのは『惑星空間へのロケット』（ヘルマン・オーベルト著）。この一冊の本が彼のその後の人生を大きく変えたのです。

漠然とした天文学への憧れが、ロケットで月に飛びたい…という形になった瞬間かもしれません。しかし、数学の苦手なウェルナー少年には、本の中に頻出する方程式の意味が充分に理解できず、数学教師に教えを乞いました。教師は、ただこう答えたといいます。

「君がもし本当にロケットや宇宙の事を知りたいのなら、自分ひとりでこの数式が解けるように勉強しなさい」

ここで初めてウェルナー少年は、自分の将来の夢をかなえるには数学が必要である気がつき、猛烈
に数学の勉強を始め、その努力により教師の代理で授業が出来るほど数学力を身に付けたのです。
      
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   <title>いよいよ本格的なロケット時代に</title>
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   <published>2007-09-04T06:09:05Z</published>
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      １９世紀の終わりごろから２０世紀の初めになると、宇宙旅行をロケットで実現可能であると考える科学者たちが登場してきます。ここでは、その中でも重要な位置を占める３人のパイオニアたちを紹介しておきましょう。

≪コンスタンチン・ツィオルコフスキー≫（ロシア・１８５７～１９３５）

　「宇宙旅行の父」と呼ばれています。
　耳が聞こえない聴覚ハンディを克服してロケットによる宇宙旅行の夢を描いた人です。
　ツィオルコフスキーの研究から、次の独創的な理論が生まれました。
　
　　・ロケットでこそ宇宙を飛べる
　　・液体水素と液体酸素を推進剤とするロケットが最も性能が良い
　　・多段式ロケットアィデア

≪ロバート・ゴダード≫（アメリカ・１８８２～１９４５）

　「近代ロケットの父」と呼ばれています。
　１９２６年３月１６日、アメリカのマサチューセッツ州オーバーンの農場で、世界史上初の
　液体燃料ロケットの打ち上げに成功。一生をロケットの研究に捧げ、姿勢制御装置の改良に
　努めて、数々の実験を行いました。

　アメリカ政府は、アポロ計画を実施する際に２１４種類もの彼の特許を買い上げたそうです。
　若い頃から宇宙旅行を夢みて周囲から「月男」と馬鹿にされる事も多かったそうですが、
　死後になってようやく、憧れの月旅行に自分の技術を生かすことができたのです。

≪ヘルマン・オーベルト≫（ドイツ＆ルーマニア・１８９４～１９８８）
　
　「近代ロケットの先駆者」と呼ばれています。
　１１歳の少年時代に、母親からジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』をプレゼントされ、夢中
　になって読みふけり、ついには全文を暗記してしまった程のＳＦ少年でした。
　
　ロシアのツィオルコフスキーが理論を打ちたて、アメリカのゴダードが実際に飛ばした宇宙への　乗り物ロケット…。
　オーベルトは液体酸素とガソリンを使った液体ロケットを開発するなどして研究を続けましたが
　『惑星空間へのロケット』や『宇宙旅行への道』など著書も出版しています。

　特に『惑星空間へのロケット』はベストセラーになり、当時のドイツの青少年に多大な影響と宇
　宙への夢を与えました。第一次世界大戦で敗北し、多大な債務に苦しむ国民は新しい夢を宇宙に
　託したのでしょう。オーベルトの著書に感激した青年たちは、１９２７年ドイツ宇宙旅行協会
（VfR)を結成、小さなロケットから始めて液体燃料ロケットの製作に励みました。

この３人のパイオニアたちの努力と研究が実を結び、本格的な液体燃料のロケットが完成するのは次世代の天才、フォン・ブラウン博士の登場を待たなければなりませんでした。
      
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   <title>日本だって負けちゃいません、明治のＳＦ、月へ行く？？</title>
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   <published>2007-09-04T06:08:10Z</published>
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      ヴェルヌの作品では、明治１１年には『８０日間世界一周』の翻訳が出版されていました。『月世界旅行』は、明治１３年に第一訳が出版されました。そのタイトルは『九十七時二十分間月世界旅行』。

ＳＦ作家の横田順彌氏によると、日本最初の月世界旅行譚は、明治２１年に発表された『夢幻現象　政海之破裂』という作品だそうです。著者は北海散士という人で、他に『二十世紀戦争予言日本花』という未来戦争ものの作品があるそうですが、詳しい経歴等は不明とか。明らかにヴェルヌの『月世界旅行』にインスパイアされて書いた作品なのですが、内容を簡単に紹介してみると…

ある日、主人公は、ヴェルヌの『月世界旅行』を読みながら月世界に思いを馳せていると、急激に疲労感に襲われ、周囲が真っ暗になり、稲妻と雷鳴が轟きだしました。何事かと外を見ると、中天に輝きながら現れたのは、何と１匹の竜！（円盤ではありません）竜は主人公に近づくと、たちまち白髪の老人の姿になり、自分は月の神の使いであると話し、一緒に月に来て欲しいと頼むのです。

月世界には「サウス」と「ノーツ」という２つの国があるが、最近は「ノーツ」の発展が著しくこのままでは無気力な「サウス」は「ノーツ」に征服されてしまう。月の神は、「サウス」を哀れみ、主人公の力で何とか両国を善導して欲しい…と老人を使いに出したとのこと…。そこで主人公は、竜の背にまたがって、いざ月世界へと向かいます。

その後、主人公は、２大大国に分かれた月世界で、月の金鉱を発掘して「サウス」国を援助したり、政治を立て直そうとクーデターを試みて失敗、生命に危険が迫り、もうダメかと観念したところで夢から覚めます。ヴェルヌの『月世界旅行』を読みながら寝てしまったので、目覚めれば全て夢でした…という夢オチのラストなんですが…。

この小説のどこがＳＦなんだぁ？どこに科学があるんだぁ？などと言って怒らないでください（苦笑）この日本最初の月世界旅行譚は、舞台こそは月世界なのですが、いわゆる科学小説というよりは、明治２０年前後に流行した政治批判・政治小説であると言えます。

（むしろ…『ガリバー旅行記』のセンスに近いものがあるかもしれません）純然たるＳＦではありませんが、日本人による月旅行譚の長編第一作として記念すべき作品なのですから。

      
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   <title>アポロ計画にそっくりな『月世界旅行』</title>
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   <published>2007-09-04T06:07:18Z</published>
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      １９世紀に書かれた『月世界旅行』のストーリィが、１００年後に実現したアポロ計画にそっくりだ、予言というより、むしろ予見・予測したようだ、というのはよく指摘される事です。

ヴェルヌの作品で、主人公たちが月に向かうのは１８６０年代のある年の１２月。それから１００年後の１９６８年１２月、アポロ８号は初めて月を回る軌道に達し、無事地球に帰還しました。翌年の１１号による月面着陸の道を開いた、このアポロ８号の飛行は、驚くほど『月世界旅行』に似ています。

具体的に共通点を挙げてみましょう。

・宇宙船の発射される場所：ヴェルヌの作品ではアメリカ、フロリダ半島の西海岸
　　　　　　　　　　　　　アポロ計画ではアメリカ、フロリダ半島の東岸
　　　　　　　　　　　　　※フランス人のヴェルヌが、なぜアメリカのこの地を選んだのか
　　　　　　　　　　　　　　全くの謎といわれています。
　　　　　　　　　　　　　　
・乗員数：どちらも３名

・宇宙船のカプセル：ヴェルヌの作品では円錐型、底辺の直径２.７メートル、重量８.７トン
　　　　　　　　　　アポロ計画では円錐型、底辺の直径３.１メートル、重量６トン
　　　　　　　　　　ほぼ同じ位の大きさといえます。

・宇宙船の名前：ヴェルヌの作品では「コロンビアード」
　　　　　　　　アポロ計画では「コロンビア」
　　　　　　　　※これは…ひょとしたら、アメリカ人のほうがヴェルヌに敬意を示して
　　　　　　　　　この名前にしたのかも…？？？

・生命維持装置：飛行士に酸素を供給する装置。
　　　　　　　　どちらも積んでいた

・軌道修正用小型ロケット：どちらも取り付けてあった

・地球への帰還：ヴェルヌの作品⇒太平洋上に落下、カプセルを救出するために船が落下地点に
　　　　　　　　　　　　　　　　向かうが、浮力により海面に浮かんでいた。おまけに、この
　　　　　　　　　　　　　　　　カプセルには、なぜか星条旗がついている！
　　　　　　　　アポロ宇宙船⇒パラシュートで海上に着水、支援船により回収される。

単なる偶然の一致と言える部分も、無きにしも非ず…なのですが、ヴェルヌのずば抜けた先見性によることが大きいと言えるでしょう。

ヴェルヌはまた、宇宙飛行士が体験する無重力状態の様子や、宇宙船の窓から見える暗黒の宇宙空間、白く輝く地球をリアルに描いています。こういったシーンも、後に私たちが映像で目にした通りなのですから、改めてその先見性に驚きます。
      
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