日本の旧暦は、よく略して太陰暦と称されますが、正しくは太陽太陰暦のことです。現在、カレンダーは欧米と同じ太陽暦(グレゴリオ暦)が使われていますが、江戸時代までは、暦と言えば太陽太陰暦が採用されていました。
太陽太陰暦は、1ヶ月の長さは月の運行で決めて、1年の長さは太陽の運行で決めて暦を作ります。ところが、月と太陽は申し合わせて動いているわけではないので、月と年が合わず、ややこしい暦になってしまいます。なぜそんなに複雑なものを使っていたのでしょう?
この暦法が中国から伝わり、千年以上も使用してきたのは、やはりそれなりに便利だったからです。まず、日付が分かれば月齢が分かります。15日は満月で1日は新月に決まっているから、夜の明るさの見当がつきます。夜間照明である月の明るさは重要な事でした。もう1つには、正月が大体立春前後に来るようになっていたので、春を前にした農閑期にゆっくり休む事ができるからです。
グレゴリオ暦のお正月だと(今の暦)まだこれから寒さが本格的になるという季節なのに、年賀状に「初春」とか「迎春」と書くのは、旧暦の名残りなのですね。また、1ヶ月とか、1月、2月・・という呼び名も月の周期を基にしています。
よくTVニュースや天気予報などで「暦の上では今日から秋なのですが…」と言うのを聞きますが、この場合の「暦」はもちろん旧暦のことで、太陽暦よりは約1ケ月前後遅れた日付になります。旧暦は、今でもそんな形で私たちの生活の中に残っています。
※太陰暦
本当の太陰暦の例は、イスラム教の宗教行事に使っているイスラム暦のこと。月の満ち欠けだけによる12ヶ月を1年とするため、1年の長さは約354日になり、16~17年の周期で、1月が冬になったり夏になったりしてしまいます。1年の季候差が少ない熱帯で、遊牧民の多い砂漠地方ではこれでも別に差し支えないのですが、日本や中国のように、冬と夏の季候が違っていて、農業を主な産業にしている地域では、大陰暦は暦としては役に立ちません。