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月とウサギの物語

「月」と聞いて、最も素朴に連想されるものは何でしょう?ロケットやアポロ計画と答える以前に、「お月見」とか「ウサギが餅搗きをしている」と答える方々が多いのではないでしょうか。

月の表面の陰影(クレーター)の形を見て、ウサギを連想したのは日本人だけではありません。ヨーロッパ・インド・チベット・モンゴル・北米先住民・南アフリカ…と、広く世界中に伝わっています。

中国では、紀元前3世紀の『楚辞』天問編に月中の兎のことが歌われ、また湖南省で発見された紀元前2世紀の帛画(絹布に絵を描いたもの)に、月中の兎と蟾蜍(ヒキガエル)の絵が描かれています。

日本では餅をつく兎ですが、中国では不老不死の薬をついていました。月の満ちては欠け、そして欠けては満ちる現象が、不老不死・再生の思想と結びついたと言われています。そういえば、日本最古の物語である『竹取物語』のラストシーンでも、月へ帰るかぐや姫が、老爺老婆に不老不死の薬を渡していきましたよね。

また、なぜ月にウサギがいるのかを説明したこんな仏教説話があります。昔々、森の動物たちはヨボヨボでお腹を空かせている老人に出逢いました。動物たちは、この気の毒なお爺さんを助けてあげようと、木の実を集めたり川から魚を捕ったりして食料を集めましたが、ウサギはどうしても食料を見つけることができません。何とかして、お爺さんを助けてあげたかったウサギは、火を熾しその火の中に身を投げてこう言いました。

「自分はお爺さんのために何もしてあげられないので、せめて私の肉を焼いて食べてください」

このお爺さんは、実は帝釈天で、動物たちがどれほど情け深い慈悲の心を持っているか、確かめに老人の姿に身を変えていたのです。帝釈天はウサギの自分の身を犠牲にしてまでの慈悲の心(仏教では捨身と言います)に心を打たれ、ウサギを月へと昇らせました。ウサギの姿が黒く見えるのは、火に焼かれたせいだからと言われています。

この物語は、『今昔物語集』で紹介され広く知られるようになりました。発端はインドの仏教説話集『ササジャータカ』であるとされています。また、一説によると、このウサギこそ釈迦の前世の姿であるとも……。

※捨身⇒すてみ、ではなく「しゃしん」と読みます。仏教では極めて尊い行為とされており、法隆寺の玉虫厨子にも我が身を飢えた虎に食わせる僧の姿が描かれています。

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