はるか太古の昔より、私たちの先祖は夜空の月を仰ぎ見て、さまざまな思いをつのらせてきました。科学的知識の乏しかった時代、夜毎に変化する月の満ち欠けは、どれほど神秘な現象として写ったことでしょう。月は、遠く遠く目で見ることは出来るけれども、決して手の届かない別世界でした。それゆえに夢をかきたてられ、様々な伝説と神話に彩られてきました。
ギリシア神話では、太陽神アポロンの双子の妹アルテミスが月の女神です。輝かしい昼を象徴する太陽神と、静謐の夜を象徴する月の神は常にセット(対)で物語られるケースが多く、これは世界中の神話に共通しています。
日本神話の神々のなかで、最高神は天照大神(アマテラスオオミカミ)で、「天照」の字の如く太陽の女神なのですが、では「月」の神様は誰?というのは意外と知られてはいません。ツクヨミノミコト(月読命・月夜見命)という男神で、アマテラスの弟?に当たります。
ちなみに、同じときに産まれたもう一人の弟が乱暴者のスサノオノミコトで、三人同時にイザナギから産まれました。スサノオは有名人(神)なので、御存知の方は多いでしょう。余りの乱暴狼藉に怒ったアマテラスが天岩戸に隠れてしまい、世界が真っ暗になってしまった…という神話はよく知られていますから。
『日本書紀』によると、ツクヨミは誤って豊穣の女神であるウケモチノカミを殺してしまいます。しかし、殺された女神の体からは様々な穀物が芽を吹きだし、豊かな作物が世に広がり農耕の起源となりました。
※『古事記』では殺したのはスサノオで、殺されたのはオオガツヒメという女神ですが、殺された身体から様々な穀物が誕生するのは同じです。
このように、女神が殺され、その死体から新しい作物(稲・豆・麦・芋など)が生み出されるというパターンの神話は多く、中国南部からインドネシアを中心とする東南アジアに広く分布しています。日本では、「月」が女神を殺しますが、他の東南アジア地区では殺された女神が天に昇って「月」になるというパターンが殆どです。興味深い事に、どちらも「月」なのです。ニュージーランドのマオリ族の神話では、月の女神ヒナは地上に残した子どもを天に連れて行ってしまい、これが「死」の起源になったそうです。
日本の月神は男神ですが、実はこれは珍しいケースで、殆どの国や地域の月の神は女神です。月の規則的な満ち欠け現象は、古代の人々にとっては、一度死んで再び生まれ変わる姿を現しているように見えたことでしょう。月は死と再生のシンボルであり、生命を産み出す女性の象徴として考えられたに違いありません。