Top >  の終わりと始まりと…人類、月に立つはこちら  >  ケネディ大統領、歴史的な演説をする

ケネディ大統領、歴史的な演説をする

1961年のはじめ、新しく大統領となったJ・F・ケネディは、政策の一環として宇宙計画に力を入れようとしていました。NASAも、月着陸の計画準備を整えつつある、丁度その時期のことです。

旧ソ連が、4月12日に宇宙船ボストーク1号にユーリー・ガガリーンを乗せて、初めての有人宇宙飛行を行ったのです。宇宙船の窓から地球を見たガガリーンの言葉は「地球は青かった」というもので、それ以来、地球を象徴するような言葉として定着しました。豊かな水に恵まれた「青い地球」として…。

しかし、アメリカにとっては、人工衛星スプートニク1号の打ち上げに続く大ショックでした。東西冷戦が続くさなか、何としてでもソ連に対する宇宙での技術的優位を回復しなければならない。これには大国としての威信がかかっている。では、そのためには…?ソ連以上の優位を世界にアピールするためには…? 具体的に何をすればいいのか…?答えは、ただ1つしかありません。これでアポロの使命と任務は決定的なものになりました。

1961年5月25日、ケネディ大統領は議会で歴史的な演説をします。「1960年代が終わる前に、アメリカは人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させるという目標を達成するだろう。これ以上に胸躍らせ、これ以上に印象的な、これ以上に重要なものはない」


こうしてアポロ計画は実現に向けてスタートしたのです。けれども、ケネディ大統領はこの演説の結果を目にする事はできませんでした。1963年、11月22日、ケネディ大統領は遊説先のテキサス州ダラスで暗殺されます。

この日は丁度、初めての日米衛星TV中継の時間帯にあたり、私たち日本人はこの2回目の中継で大統領の死を知らされました。その後も、狙撃の瞬間を捉えた歴史的映像は、何度も何度も流されたので御覧になった方も多いでしょう。

 <  前の記事 アポロ、誕生する  |  トップページ  |  次の記事 「こちら、静かの海。イーグルは着陸した。」  > 


更新履歴