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ロケット少年、「悪魔の選択」をする

苦手な数学を克服したロケット少年、ウェルナー・フォン・ブラウンは、法律学校を卒業後、父の意に反して、ベルリン工科大学に進学しました。ちょうど時代はロケット・ブームの真っ只中、ウェルナーは在学中からドイツ宇宙旅行協会の熱心なメンバーとして、憧れのオーベルトの助手を務めます。1932年ベルリン大学に入学、34年にロケットエンジンの研究で学位を取得しました。フォン・ブラウン博士の誕生です。そんな優秀な彼に目をつけたのが、ナチスの軍部です。

この30年代は、各国で近代的なロケット技術が生まれつつある時代でした。資金を惜しみなく投資すれば、非常な速度で戦争に利用できるロケットが開発できる時期に来ていたのです。しかし、そのために必要なものは資金だけではありません。先人の築いた研究を礎として、さらに実用化させ完成させるためには、より優秀な頭脳が必要だったからです。

大学を卒業したウェルナーは、陸軍兵器局へ入りました。軍事目的を承知の上で大型ロケット開発の夢を選んだわけです。すぐに頭角を現したウェルナーは、バルト海沿岸に建設された秘密基地ベーネミュンデに技術責任者として配属されます。25歳の若さでした。

1939年、全長6・5メートル、到着高度12キロのロケットA-3型の打ち上げに成功。軍部はより多くの資金と技術者をベーネミュンデに集結させます。どんな長距離砲よりも速い射程を持ち、強力な爆薬を搭載できるミサイルA-4型(V2)の完成まであとわずかでした。

戦後来日したウェルナーに、的川泰宣氏(宇宙科学研究所教授)が、ナチスに協力して良心が痛まなかったか?と訊ねると、ウェルナーはこう答えたといいます。

  「私は、月まで飛ぶようなロケットを作りたかった。
  あの時代のドイツで、そのような大型ロケットを開発できるのは、軍だけだった。
  私は、宇宙へ人間を飛ばす目的のためには、悪魔と手を握ってでも働き続けたと思う」

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