2 3 リンク集1 催眠療法 千葉 医療事務資格の難易度

イカロスの神話は、宇宙への夢かもしれない

トイレトレーニング1 ロケットに乗って月へ飛ぶ…。惑星間の宇宙旅行…。

21世紀の現在、最早実現不可能な夢ではありません。既に月には人類が降り立ち、月面基地の本格的な建設準備も2014年を目途に始まろうとしています。

私たち人類は、地上に生まれ、2足歩行を始め、両手を使い大脳を発達させ、火を使う事を知り、何度も愚かで破滅的な戦争を繰り返して、文明をここまで発達させてきました。それでも、地球を遥か離れて宇宙に飛び出すまでには、長い長い時間が必要でした。

……この地球を遠く離れて、はるか彼方の天体に飛び立ちたい……
そんな思いが最初に描かれたのが、ギリシア神話に登場するイカロスかもしれません。

ヨーロッパ文明発祥の地と呼ばれる、エーゲ海のクレタ島。紀元前20世紀頃から栄えたミノア文明が花開いた地でもあります。ラビュリントスと呼ばれる迷宮を設計したダイダロスは、ミノス王の怒りに触れ、息子のイカロスと共に牢獄に幽閉されてしまいます。そこで、脱出するためにダイダロスは鷲の翼を肩に蝋付けして、イカロスと共に空へ飛び立つのですが…。

太陽に近づきすぎると蝋が溶けてしまうから、低く飛べという父の言葉を無視したイカロスは、もっと高く高く、もっと遠くへ遠くへ…と太陽に向かって飛び続けます。 そして、太陽に近づきすぎて燃え尽きたイカロスは、海に落下、悲惨な最期を遂げます。

このイカロスの神話が、広く人々に愛されてきたのは、人間の「宇宙への翼」への憧れのせいではないでしょうか。鳥のように空を飛ぶだけではなく、もっと高くもっと遠くへ行きたい…という夢に向かって飛び続けたイカロス…。

イカロスの夢は、かなえられませんでした。けれども、私たち後世の人間は、違う形で実現できました。

「翼」ではなく「ロケット」という形で……。



月へ旅する「宇宙旅行」小説の最も古いものは?

トイレトレーニング1 2世紀に、ギリシアのサモス島に生まれたルキアノスというソフィスト(教育家・詭弁家)が書いた『本当の歴史』という作品が、人類史上初の宇宙旅行小説と言われています。

ある帆船が大嵐に巻き込まれ、船は強い風に吹かれて空高く舞い上がります。7昼夜に渡って空を浮かんだままさまよい、8日目に到着したところは、何と月世界でした…

というストーリィなのですが、この作品には、宇宙への旅・月への到着・月世界の記述・地球への帰還などが描かれています。まさに史上初の宇宙旅行物語といってよい作品でしょう。さすがにロケットはまだ登場しませんが…。

ギリシアのルキアノスから800年ほどたった1010年、ペルシアの詩人フィルダウシが発表した叙事詩『シャー・ナーマ』にも、玉座を鷲に引かせて天を目指して飛び立つ王が描かれています。しかし、この王も鷲が疲れて飛行できなくなり墜落してしまいます。

その他、16世紀末になるとロドヴィコ・アリオストという作家が書いた『オーランド・フリオソ』という作品では、赤い4頭の馬に牽かれる馬車で月へ飛んでいます。 その後もケプラーやシラノ・ド・ベルジュラックなどが、月へ飛び立つ物語を書いています。

ところで、古今東西を通じて、一番多く書かれたSFのテーマは月世界旅行ものといわれています。それだけ月は私たちにとっては馴染み深い天体であるわけですが、本格的に月へ飛ぶロケットが登場するのは、19世紀のジュール・ヴェルヌの登場を待たなければなりません。



ロケットを最初に作ったのは、どこの国でしょう?

トイレトレーニング1 ロケットを科学的に定義付けるとすれば次のようなものになるでしょう。

「自分の体内からガスを後方に墳出し、その反動で前進する能力を得る機械・乗り物」

ロケットそのものではありませんが、類似の原理はかなり古くから知られてはいました。一番古い文献では、紀元前360年、ギリシアのアウレス・ゲリウスという人が、『アテナイの夜』という著書の中で、針金で吊り下げられたハトが、その小さな吹き出し口から蒸気が吹き出すときだけ動く装置のことを書いています。

しかし、こういった装置ではなく、実用として私たちがイメージするロケットが発明されたのは11世紀〜13世紀の中国です。火薬を発明したのが中国人ですから、それを応用した火薬ロケットの発明者が中国人なのも当然といえるでしょう。宇宙への憧憬というよりも、それは兵器として発明され進化してゆきました。中国の宋の時代のことです。

初めは、矢に火薬入りの筒を取り付けた簡単なもので、火箭(かせん)と呼ばれていました。その矢じりに毒を塗り、20本くらいまとめて竹や木の円筒に詰めて一斉に発射。導火線に火をつけると、筒の中の火薬に火がつくように工夫されていました。矢は竹製で、90センチ程の長さがあったようです。12世紀に中国を征服したモンゴルは、この火箭の技術を引き継ぎ、アジアからヨーロッパにまたがる征服戦争に使いました。その結果、このロケット技術は13世紀頃にはヨーロッパにまで知ら れるようになりました。

以降、火薬ロケットは世界中で戦争の道具として使われ、大型化されていきましたが、18世紀末、イギリスのコングレーヴは、筒を鉄で作り火薬を改良し、飛行を安定させるために、棒の位置を変えました。また、ウィリアム・ヘールは吹き出すガスの方向を斜めにして、ロケットをスピンさせ、安定して飛ぶような工夫をしました。

コングレーヴ型と呼ばれたこれらのロケットは、19世紀にアメリカの独立戦争や、イギリスの対ナポレオン戦争に使われ、各国は競ってロケットを開発、保有することになっていきました。そして、20世紀になると、さらに誘導制御の技術が加わりました。ロケットが戦争の主役になるほど、戦争そのものが大規模になっていったからです。また、人類の宇宙への進出が現実のものとして考えられるようになったからです。



日本と世界の神話に見る月の神々たち…死と再生と豊穣

トイレトレーニング1 はるか太古の昔より、私たちの先祖は夜空の月を仰ぎ見て、さまざまな思いをつのらせてきました。科学的知識の乏しかった時代、夜毎に変化する月の満ち欠けは、どれほど神秘な現象として写ったことでしょう。月は、遠く遠く目で見ることは出来るけれども、決して手の届かない別世界でした。それゆえに夢をかきたてられ、様々な伝説と神話に彩られてきました。

ギリシア神話では、太陽神アポロンの双子の妹アルテミスが月の女神です。輝かしい昼を象徴する太陽神と、静謐の夜を象徴する月の神は常にセット(対)で物語られる ケースが多く、これは世界中の神話に共通しています。

日本神話の神々のなかで、最高神は天照大神(アマテラスオオミカミ)で、「天照」の字の如く太陽の女神なのですが、では「月」の神様は誰?というのは意外と知られてはいません。ツクヨミノミコト(月読命・月夜見命)という男神で、アマテラスの弟?に当たります。ちなみに、同じときに産まれたもう一人の弟が乱暴者のスサノオノミコトで、三人同時にイザナギから産まれました。スサノオは有名人(神)なので、御存知の方は多いでしょう。余りの乱暴狼藉に怒ったアマテラスが天岩戸に隠れてしまい、世界が真っ暗になってしまった…という神話はよく知られていますから。

『日本書紀』によると、ツクヨミは誤って豊穣の女神であるウケモチノカミを殺してしまいます。しかし、殺された女神の体からは様々な穀物が芽を吹きだし、豊かな作物が世に広がり農耕の起源となりました。

   ※『古事記』では殺したのはスサノオで、殺されたのはオオガツヒメという女神ですが、殺された身体から様々な穀物が誕生するのは同じです。

このように、女神が殺され、その死体から新しい作物(稲・豆・麦・芋など)が生み出されるというパターンの神話は多く、中国南部からインドネシアを中心とする東南アジアに広く分布しています。日本では、「月」が女神を殺しますが、他の東南アジア地区では殺された女神が天に昇って「月」になるというパターンが殆どです。興味深い事に、どちらも「月」なのです。ニュージーランドのマオリ族の神話では、月の女神ヒナは地上に残した子どもを天に連れて行ってしまい、これが「死」の起源になったそうです。

日本の月神は男神ですが、実はこれは珍しいケースで、殆どの国や地域の月の神は女神です。月の規則的な満ち欠け現象は、古代の人々にとっては、一度死んで再び生まれ変わる姿を現しているように見えたことでしょう。月は死と再生のシンボルであり、生命を産み出す女性の象徴として考えられたに違いありません。



月の女神の織る布や糸は…?

トイレトレーニング1 ゲルマン神話や北欧神話、北米先住民、メキシコ、古代インド、インドネシア等では、月の女神のお仕事は、糸を紡いだり機を織ったりすることです。これだけ世界の広いエリアに、文化の異なる民族に分布しているのにもかかわらず、彼女たちが織る布や糸には奇妙な一致点があります。

それは「絶対に完成しない」ということです。

完成直前に必ず何らかの妨害に合い、糸が切れたり布が破れたりするのです。さもなくば、自分自身で破ってしまいます。そしてまた、最初からやり直し完成直前に妨害されて、また初めからやり直す…これを永遠に繰り返しています。なぜでしょう?

勘の良い方なら、もう気がついておられるでしょう。実は、女神のこの行為は、月の満ち欠けを表しているのです。新月から月齢を加えだんだんと大きくなり、満月になったらすぐに欠け始めてやがて新月に…というサイクルそのままを象徴しているのです。

はるか古代の人々にとっては、夜空に銀白色に輝く月の満ち欠けは神秘そのものだったに違いありません。そんな思いが数々の神話を生み出してきました。



月とウサギの物語

トイレトレーニング1 「月」と聞いて、最も素朴に連想されるものは何でしょう?ロケットやアポロ計画と答える以前に、「お月見」とか「ウサギが餅搗きをしている」と答える方々が多いのではないでしょうか。

月の表面の陰影(クレーター)の形を見て、ウサギを連想したのは日本人だけではありません。ヨーロッパ・インド・チベット・モンゴル・北米先住民・南アフリカ…と、広く世界中に伝わっています。

中国では、紀元前3世紀の『楚辞』天問編に月中の兎のことが歌われ、また湖南省で発見された紀元前2世紀の帛画(絹布に絵を描いたもの)に、月中の兎と蟾蜍(ヒキガエル)の絵が描かれています。

日本では餅をつく兎ですが、中国では不老不死の薬をついていました。月の満ちては欠け、そして欠けては満ちる現象が、不老不死・再生の思想と結びついたと言われています。そういえば、日本最古の物語である『竹取物語』のラストシーンでも、月へ帰るかぐや姫が、老爺老婆に不老不死の薬を渡していきましたよね。

また、なぜ月にウサギがいるのかを説明したこんな仏教説話があります。昔々、森の動物たちはヨボヨボでお腹を空かせている老人に出逢いました。動物たちは、この気の毒なお爺さんを助けてあげようと、木の実を集めたり川から魚を捕ったりして食料を集めましたが、ウサギはどうしても食料を見つけることができません。何とかして、 お爺さんを助けてあげたかったウサギは、火を熾しその火の中に身を投げてこう言いました。

「自分はお爺さんのために何もしてあげられないので、せめて私の肉を焼いて食べてください」

このお爺さんは、実は帝釈天で、動物たちがどれほど情け深い慈悲の心を持っているか、確かめに老人の姿に身を変えていたのです。帝釈天はウサギの自分の身を犠牲にしてまでの慈悲の心(仏教では捨身と言います)に心を打たれ、ウサギを月へと昇らせました。ウサギの姿が黒く見えるのは、火に焼かれたせいだからと言われています。 この物語は、『今昔物語集』で紹介され広く知られるようになりました。発端はインドの仏教説話集『ササジャータカ』であるとされています。また、一説によると、このウサギこそ釈迦の前世の姿であるとも……。

※捨身⇒すてみ、ではなく「しゃしん」と読みます。仏教では極めて尊い行為とされており、法隆寺の玉虫厨子にも我が身を飢えた虎に食わせる僧の姿が描かれています。



解けない謎こそが月の神秘?

月が人間や地球に与える影響については、実はいまだに充分には分かっていない部分も多いようです。

世界中の火山の噴火日を調べた結果によると、噴火が満月や新月の頃によく起きるそうです。この月の運行と噴火の関係は、月が地球に及ぼす重力(潮汐力)によって証明されるそうですが、人間や他の生物に与える影響、例えばホルモンリズムについて影響などは、まだハッキリとは分かってはいません。

ただ、満月と新月のときに最大になる潮汐力によって、海には大潮が訪れます。海の生物は、この大潮と小潮の15日間の周期のリズムを持つものが沢山います。例えば、河口近くの陸上に住むアカテガニやベンケイガニは、満月や新月の大潮の夜に、海岸に集まって幼生を海に放ちます。満潮後に幼生を放てば、引き潮に乗って遠く沖合いに流れていくことが出来るのですが、どうやってこのカニたちは生体リズムを月の公転周期に合わせているのか、いまだに謎とされています。

人間への影響についても、さすがに狼男を信じている人はもういないと思いますが、交通事故や殺人事件との関連性など、感情に与える影響などを研究している精神学者もいるようですが……。けれども、明確に解明されないからこそ、月の神秘が保たれているのかもしれませんね。



旧暦では、日にちで月齢がわかります。

トイレトレーニング1 日本人なら誰でも知っている『忠臣蔵』。よほど私たちの心の琴線に触れるテーマなのか、今でも12月になると必ずTV等で取り上げられたりドラマ化されたりします。

  Q:赤穂浪士は、なぜ12月15日に吉良邸に討ち入ったのでしょうか。
  A:大石蔵之助がその日に決めたから…というのは違いますよ(笑)正しくは「その日の夜は外が明るいから」です。

    深夜、敵味方入り乱れて斬り合う討ち入りの夜、お互いの顔も見えない闇夜では困ります。「山」「川」という合図を決めたのも暗い中で敵と味方をハッキリ区別するためでした。

それでは、もうひとつ質問を

  Q:織田信長が明智光秀に殺された「本能寺の変」は天正10年6月1日夜半過ぎ。この夜、外は明るかったですか?暗かったですか?
  A:完全な闇夜でした。

なぜこんなことが分かるかというと、当時の暦は旧暦だったからです。旧暦は月の満ち欠けの周期を一ヶ月と数え、月の1日は新月で闇夜、それから緩やかに満ちて 月の半ば頃の15日には満月で、最も月明かりの明るい夜になります。

近代以前、まだ電気も無い時代、照明は行燈やロウソク、灯明のわずかな明かりしかありませんでした。今の私たちには想像もつかない程、夜は暗かったでしょう。 行燈の明るさは、60ワット電球の約100分の1くらいで、おそらくは新聞も読めない程の明るさしかありません。ロウソクは高価でしたから庶民が日常に使うことはできませんでした。

ましてや、戸外の暗さは想像もつかないでしょう。提灯の明かるさは、せいぜい足元を照らす程度でしかありません。月明かりが一番頼りになる明かりでしたから、月齢は常に重大な関心事でした。月の満ち欠けへの関心は現代人より遥かに深いものがあったはずです。



文化としての旧暦は、今も生きている

日本の旧暦は、よく略して太陰暦と称されますが、正しくは太陽太陰暦のことです。現在、カレンダーは欧米と同じ太陽暦(グレゴリオ暦)が使われていますが、江戸時代までは、暦と言えば太陽太陰暦が採用されていました。

太陽太陰暦は、1ヶ月の長さは月の運行で決めて、1年の長さは太陽の運行で決めて暦を作ります。ところが、月と太陽は申し合わせて動いているわけではないので、月と年が合わず、ややこしい暦になってしまいます。なぜそんなに複雑なものを使っていたのでしょう?この暦法が中国から伝わり、千年以上も使用してきたのは、やはりそれなりに便利だったからです。

まず、日付が分かれば月齢が分かります。15日は満月で1日は新月に決まっているから、夜の明るさの見当がつきます。夜間照明である月の明るさは重要な事でした。 もう1つには、正月が大体立春前後に来るようになっていたので、春を前にした農閑期にゆっくり休む事ができるからです。

グレゴリオ暦のお正月だと(今の暦)まだこれから寒さが本格的になるという季節なのに、年賀状に「初春」とか「迎春」と書くのは、旧暦の名残りなのですね。 また、1ヶ月とか、1月、2月・・という呼び名も月の周期を基にしています。よくTVニュースや天気予報などで「暦の上では今日から秋なのですが…」と言うのを聞きますが、この場合の「暦」はもちろん旧暦のことで、太陽暦よりは約1ケ月前後遅れた日付になります。旧暦は、今でもそんな形で私たちの生活の中に残っています。

 ※太陰暦
 本当の太陰暦の例は、イスラム教の宗教行事に使っているイスラム暦のこと。月の満ち欠けだけによる12ヶ月を1年とするため、1年の長さは約354日になり、16〜17年の周期で、1月が冬になったり夏になったりしてしまいます。1年の季候差が少ない熱帯で、遊牧民の多い砂漠地方ではこれでも別に差し支えないのですが、日本や中国のように、冬と夏の季候が違っていて、農業を主な産業にしている地域では、大陰暦は暦としては役に立ちません。



月が天文学の基礎を作った

太陽と同じく、私たちにとって最も身近な天体である月。

古代エジプトでは、月の神はトトといいましたが、このトトは時間を測定し暦を作った神でした。また、学問の神であり、象形文字を作ったとされています。 太陽がエネルギーの象徴であるならば、夜空に銀白色に輝く月は「知」の象徴としても考えられてきました。

古代エジプトやバビロニアの天文学者たちは、月についてかなり豊富な知識を持っていたと思われます。また、古代遺跡として知られ、約4000年前に作られた南イングランドのソールズベリーにある巨石遺跡ストーンヘンジは、古代の天文台である可能性が高いと言われています。石の配置は天体の運行に合わせてあり、太陽や月の動きを正確に予測することができました。また、エジプトのピラミッドも単なるファラオの墓ではなく、月や星の運行を測る天文台の一種ではないか?という説もあるそうです。

紀元前2世紀、ギリシアのヒッパルコスは、月についてかなり正確な観測をしています。月の軌道を計算し、月までの距離を求めました。また、2世紀には同じくギリシアの天文学者プトレマイオスは、さらに詳細に月の運動を計算。この計算結果は、16世紀になるまでは一番正確なものでした。



望遠鏡で月を最初に観測したガリレオ・ガリレイと万有引力を発見したニュートン

1609年、イタリアのガリレオ・ガリレイが、手製の望遠鏡を最初に向けたのは月でした。そして、月面が起伏に富んでいることを発見、月の表面を克明にスケッチしました。

このスケッチには月のクレーターや「海」の様子がかなり正確に描かれています。また、太陽の光によってできる影の長さから月の山の高さまで計算しています。 また、月はいつも同じ面を地球に見せていますが、月の軌道などの関係から、実際には月の全表面の59.4%を地球から見ることができると発見したのもガリレオ・ガリレイでした。

その後、ドイツの天文学者ヨハン・へべりウスは5年間に渡り月を望遠鏡で観測、1647年、『月面誌』を出版しました。この中で、彼は250ほどの月の地形に名前をつけましたが、この名前の付け方は地球の似たような地形から名前を持ってくるというやり方でした。この内、アペニン山脈やアルプス山脈は現在でもそのまま使われています。

1651年、イタリアのジョバンニ・リッチオールがさらに詳しい月面図を発表。月面の暗い部分を「海」と呼びました。また、クレーターには有名な天文学者や哲学者の名前を付け、現在でもこの方法は使われています。実際には水が無いのに、なぜ「海」と呼ぶのか疑問に思っている方も多かったかもしれませんが、実は、既に17世紀からそう呼ばれていたのですね。

そして、月の運動は近代科学最大の発見にも重要な役割を果たしています。

ニュートンの万有引力の発見です。

ニュートンは、木から落ちるリンゴを見て、万有引力を発見したといわれていますが、実際は、月の運動を計算し、なぜ月が地球から飛び去ってしまわないのかを考えていました。そして、ついにそれが万有引力であり、地上で落下するものに働く同じ力であるという結論に達したとされています。ニュートンの研究に、月が大いに貢献したわけですね。



「小説」と「科学」のコラボレーション…ジュール・ヴェルヌの功績

時代は19世紀に入り、産業革命が成功を収め、機械文明が急速に進んでいきます。都市には人口が集中し、強大な建造物が建設されました。

そして、写真機や電信機、電話器、大量印刷機、ガソリンエンジン自動車、発電機等の画期的な発明が次々に実用化されていった時代でした。現代文明の基礎が築かれた時代とも言えます。しかし、月へ向かう宇宙船(ロケット)などは、まだ誰も想像した事すらありませんでした。

1865年、ジュール・ヴェルヌの小説『月世界旅行』が発表され、熱狂的に迎えられました。

一連のSF作品を書くにあたり、ヴェルヌは常に当時の最新の科学知識を動員したといわれます。地理学・知質学・生物学・物理学・化学・天文学など、あらゆるジャンルの近代科学の最高のエッセンスが常にヴェルヌの作品には盛り込まれていて、それが人気の元になっていたのですが、この『月世界旅行』は、当時の青少年たちに多大なる影響とインスピレーションを与えました。

ロケットという新しい技術開発に、具体的な夢を与えてくれたからです。ロケットで宇宙旅行する…ロケットで月へ行く…そんな新しい夢を、SF小説という極めて解りやすい形で人々に示したわけですから。そして、彼らの中から宇宙開発のパイオニアたちが育ってゆきました。

月に人類が降り立つ100年以上前に、その当時の最新科学知識と情報、優れた想像力でもって『月世界旅行』を書いた作家、ジュール・ヴェルヌ。作品は他にも、『海底2万マイル』『80日間世界一周』『地底探検』など多数あります。どの作品も、当時の人類が到達し得ない未知の世界をいきいきと描き出した傑作で、今なお読まれ 続けています。



アポロ計画にそっくりな『月世界旅行』

19世紀に書かれた『月世界旅行』のストーリィが、100年後に実現したアポロ計画にそっくりだ、予言というより、むしろ予見・予測したようだ、というのはよく指摘される事です。

ヴェルヌの作品で、主人公たちが月に向かうのは1860年代のある年の12月。それから100年後の1968年12月、アポロ8号は初めて月を回る軌道に達し、無事地球に帰還しました。翌年の11号による月面着陸の道を開いた、このアポロ8号の飛行は、驚くほど『月世界旅行』に似ています。

具体的に共通点を挙げてみましょう。

              
宇宙船の発射される場所 ヴェルヌの作品ではアメリカ、フロリダ半島の西海岸。アポロ計画ではアメリカ、フロリダ半島の東岸。※フランス人のヴェルヌが、なぜアメリカのこの地を選んだのか全くの謎といわれています。
乗員数:どちらも3名 宇宙船のカプセル:ヴェルヌの作品では円錐型、底辺の直径2.7メートル、重量8.7トン。アポロ計画では円錐型、底辺の直径3.1メートル、重量6トンでほぼ同じ位の大きさといえます。
宇宙船の名前 ヴェルヌの作品では「コロンビアード」。アポロ計画では「コロンビア」※これは…ひょとしたら、アメリカ人のほうがヴェルヌに敬意を示してこの名前にしたのかも…???
生命維持装置 飛行士に酸素を供給する装置。どちらも積んでいた
軌道修正用小型ロケット どちらも取り付けてあった
地球への帰還 ヴェルヌの作品⇒太平洋上に落下、カプセルを救出するために船が落下地点に向かうが、浮力により海面に浮かんでいた。おまけに、このカプセルには、なぜか星条旗がついている!アポロ宇宙船⇒パラシュートで海上に着水、支援船により回収される。


単なる偶然の一致と言える部分も、無きにしも非ず…なのですが、ヴェルヌのずば抜けた先見性によることが大きいと言えるでしょう。ヴェルヌはまた、宇宙飛行士が体験する無重力状態の様子や、宇宙船の窓から見える暗黒の宇宙空間、白く輝く地球をリアルに描いています。こういったシーンも、後に私たちが映像で目にした通りなのですから、改めてその先見性に驚きます。



日本だって負けちゃいません、明治のSF、月へ行く??

ヴェルヌの作品では、明治11年には『80日間世界一周』の翻訳が出版されていました。『月世界旅行』は、明治13年に第一訳が出版されました。そのタイトルは『九十七時二十分間月世界旅行』。

SF作家の横田順彌氏によると、日本最初の月世界旅行譚は、明治21年に発表された『夢幻現象 政海之破裂』という作品だそうです。著者は北海散士という人で、他に『二十世紀戦争予言日本花』という未来戦争ものの作品があるそうですが、詳しい経歴等は不明とか。明らかにヴェルヌの『月世界旅行』にインスパイアされて書いた作品なのですが、内容を簡単に紹介してみると…r> ある日、主人公は、ヴェルヌの『月世界旅行』を読みながら月世界に思いを馳せていると、急激に疲労感に襲われ、周囲が真っ暗になり、稲妻と雷鳴が轟きだしました。何事かと外を見ると、中天に輝きながら現れたのは、何と1匹の竜!(円盤ではありません)竜は主人公に近づくと、たちまち白髪の老人の姿になり、自分は月の神の使いであると話し、一緒に月に来て欲しいと頼むのです。

月世界には「サウス」と「ノーツ」という2つの国があるが、最近は「ノーツ」の発展が著しくこのままでは無気力な「サウス」は「ノーツ」に征服されてしまう。月の神は、「サウス」を哀れみ、主人公の力で何とか両国を善導して欲しい…と老人を使いに出したとのこと…。そこで主人公は、竜の背にまたがって、いざ月世界へと向かいます。

その後、主人公は、2大大国に分かれた月世界で、月の金鉱を発掘して「サウス」国を援助したり、政治を立て直そうとクーデターを試みて失敗、生命に危険が迫り、もうダメかと観念したところで夢から覚めます。ヴェルヌの『月世界旅行』を読みながら寝てしまったので、目覚めれば全て夢でした…という夢オチのラストなんですが…。

この小説のどこがSFなんだぁ?どこに科学があるんだぁ?などと言って怒らないでください(苦笑)

この日本最初の月世界旅行譚は、舞台こそは月世界なのですが、いわゆる科学小説というよりは、明治20年前後に流行した政治批判・政治小説であると言えます。 (むしろ…『ガリバー旅行記』のセンスに近いものがあるかもしれません)純然たるSFではありませんが、日本人による月旅行譚の長編第一作として記念すべき作品なのですから。

月とロケット

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月とロケットのおすすめ!

スペースシャトルからスペースプレーンへ、そして再び月へ!

アポロ以降の宇宙開発に貢献してきたスペースシャトルも、2010年ごろには引退予定です。新たな宇宙への輸送手段として考えられているのは「スペースプレーン」です。

飛行機のように水平に地上を離陸し、宇宙ステーションまで行って又戻って着陸します。空中の酸素を取り入れるジェットエンジン利用して、翼に空気を受けることで上昇。空気がなくなるとロケットエンジンに切り替えて推進します。一段式と二段式が考えられており、

1段式:飛行場から離陸して飛行場に戻る
2段式:一段目のジェット機の上に2段目の宇宙機を載せて離陸
    高度2万メートルで一段目から切り離されてロケットエンジンを点火、宇宙へ!

また、JAXAでは「観光丸」と同じように垂直に離着陸して再利用できるロケットの研究を進めています。2段式のスペースシップワンで、高度15キロで母船から切り離されロケットエンジンに点火します。


また、アメリカの月面基地建設計画準備として、2014年頃、月面への宇宙飛行を再開する予定ですが、日本もこのプロジェクトに参加、2025年頃には、日本が開発した人型ロボットを月面基地に住まわせる予定です。

日本のロボット技術は、今、世界で一番進んでいるため、基地の建設でも大いに役立ってくれるに違いありません。食料や水・生活空間の設計など、さまざまな課題が山積みですが、2040年頃からは月面基地に人間が常駐できるようになると言われています。

月に基地があると、宇宙の研究がしやすくなります。宇宙空間のエネルギーを利用する方法や、月の資源の開発など、月面基地の建設は大きな期待が寄せられています。

◆参考文献◆
『世界の女性史(T)神話の女』 評論社 大林太良編
『空と月と暦』 丸善 米山忠興
『月のミステリー』教育社 ニュートン別冊
『大江戸生活体験事情』 講談社 石川英輔&田中優子
『日本SFこてん古典@』 早川書房 横田順彌 
『母子像』 新潮社 筒井康隆
『ロケットの昨日・今日・明日』裳華房 的川泰宣
『宇宙ロケットの本』日刊工業新聞社 的川泰宣
『もっと知りたい!ロケットの歴史と未来』理論社 (監修)宇宙航空研究開発機構 
                            宇宙教育センター
◆参考URL◆
JAXA 宇宙航空研究開発機構
http://www.jaxa.jp/

宇宙教育センター
http://edu.jaxa.jp/

月探査情報ステーション
http://moon.jaxa.jp/

月とロケット


月とロケット Pick Up!

現在、世界各社の旅行会社が乗客を乗せて宇宙空間を飛ぶ「宇宙旅行」を受付中です(マジです)イギリスのヴァージングループは、ひとり約19万ドルで二時間の宇宙旅行サービスを予定。

日本でも、JTBが幾つかのコースを設けています。「月旅行」「軌道飛行」「宇宙体験飛行」「無重力体験 アメリカ&ロシアにて」宇宙旅行保険も2007年6月に販売開始されています(←マジです)
JTB http://www.jtb.co.jp/space/

また、日本ロケット協会は1993年以来、宇宙観光旅行の可能性のために研究を続けてきました観光宇宙ロケット『観光丸』は、宇宙旅行用の機体で、液体水素と液体酸素を推進力とした1段式のロケットで、何度も繰り返し使用できるものです。既存の空港のそばに建設する宇宙港から打ち上げ、地球を2周まわって帰還する予定。飛行時間は約3時間ですが、オプションとして24時間コースも予定しているとか。宇宙飛行士の訓練を受けていない普通の人でも参加できるそうです。

気になるお値段は、お一人さま295万円を予定。3時間でこのお値段が安いのか高いのかは、各々の価値観次第ではないでしょうか。2016年を目途に運用予定とか…。今から頑張って貯金すれば宇宙旅行も夢じゃない!?

筒井康隆氏の短編に『巷談アポロ芸者』という作品があります。月面に降り立つアポロ11号の宇宙中継を実況中継する、TVの特番に掛け持ちで出演するSF作家を、筒井氏一流のギャグとドタバタで描いたものです。その前半部分は、確かに当時の空気?がかなり正確に書かれています。

いよいよアポロ11号が発射されてからは、お祭り騒ぎのようで、TVをつければどの局もアポロ一色。当時の新聞のラジオテレビ欄を見ると、月着陸当日は、日本時間の正午から夜まで、びっしりとアポロの特番で埋まっています。

だって、家庭のお茶の間のテレビで、月に降り立つ人間をリアルタイムで見られるんですよ!夜空の彼方に浮かぶ、あの月の上を人間が歩く姿が宇宙生中継で見られるなんて…。誰もが、歴史的な瞬間をこの目で見たいと思ったものです。今のオリンピックやワールドカップの熱狂どころではない…と言えばお分かりでしょうか。

あの当時、多くの日本人は夜空の月を見上げて「あの上を、人間が歩いたんだなあ…」と不思議な気持ちで語り合ったものです。そして、「やっぱり月にウサギはいなかったね」というのが定番ジョークになったものでした??

3人の宇宙飛行士を乗せたカプセルは、7月24日午後0時50分、ハワイの南西約1500Kの海上に着水。無事に収容され、国家目標は、こうして達成されました。

その後もアメリカは月に人を送り続けました。人間が宇宙を目指すことのロマンと情熱を、全世界の人々に極めて劇的な形で見せたアポロ計画は1972年12月7日、アポロ17号をもって終了しました。最後のアポロ宇宙船は、1975年に旧ソ連の有人宇宙船ソユーズと地球を回る軌道上でドッキングし、アメリカと旧ソ連が協力した最初のプロジェクトとなりました。旧ソ連との宇宙競争!から誕生したアポロ宇宙船は、最後に旧ソ連との共同飛行をし、その使命を終えました。

アメリカがアポロ計画に投入した全予算:約239万ドル(約18兆6000億円)1回の飛行にかかった経費:4億4500万ドル(約1600億円)

アポロ計画によって達成された数々の宇宙技術は、その後も、ポスト・アポロ計画として惑星探査計画やスペースシャトルやスペースプレーン計画に受け継がれています。

月を夢みたロケットは、こうしてその思いを果たしました。ロケットが次に夢みるのは、どの星でしょうか?

人類は、ギリシア神話のイカロス以来の夢をかなえましたが、まだまだ太陽系にとどまっているにすぎません。ロケット技術は知識のリレーと言われているそうですが、紀元前から始まった人類の夢とロマンと憧憬の結晶であるともいえます。遠い将来には、太陽系を離れて、さらに遠く遠く別の銀河を目指す事も可能かもしれませんね。

1969年、7月20日、午後4時17分40秒。アポロ11号の月着陸船イーグルは月面に無事着陸しました。打ち上げから102時間45分40秒たっていました。アームストロングは地上に送信します。

「こちら、静かの海。イーグルは着陸した。」

そして、同じく20日の午後10時56分15秒、アームストロングは初めて地上に降り立ちます。月面に人類の第一歩を印した歴史的瞬間でした。

" Tha't one small step for a man,
but one giant leap for mankind "

このときアームストロングが発した言葉です。日本語に翻訳する人によって、微妙に言葉が違うので、原語のまま紹介しました。韻を踏んだ美しい詩的な文章です。

大意は「この一歩は、一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大なる一歩である」ということです。20分後、もう一人の飛行士オルドリンも月面に立ちました。2人の月面活動はテレビ中継され、地球上の数億人の人々が固唾を呑んで見守っていました。

その後、月面での活動を終えたのが21日午前1時9分。午後1時55分にイーグルは月面を離れて、午後5時30分に上空の司令船コロンビアとドッキング、2人はコロンビアに乗り移り、翌日の22日午前0時55分、月の軌道を離れて地球へ帰還する軌道に入りました。


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